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大阪地方裁判所 昭和33年(わ)3430号 判決

被告人 沢井謙治郎

明三三・九・一五生 会社重役

主文

被告人を懲役一年六月に処する。

但し本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

押収にかかる為替手形五一通の引受欄の各虚偽記入の部分(昭和三四年裁領第二九〇号の一、三ないし四八)はいずれもこれを没収する。

訴訟費用(証人永田伝、甲斐弥次郎に支給した分)は全部被告人及び分離前の相被告人高木美根夫の連帯負担する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は高木美根夫、服部武雄、甲斐弥次郎等と共に第三国人から銀行引受の為替手形を担保に金員の借出をしようと画策していたものであるが、

第一、高木美根夫と共謀の上、昭和三三年二月一三日頃京都府乙訓郡向日町大字上植野小字南開四〇番地の一の自宅において、行使の目的をもつて擅に前記融資のために預つていた大阪食品株式会社代表取締役久後治之助振出の各額面五千万円の為替手形五通の引受欄にそれぞれ株式会社大和銀行大宮支店支店長清光清一郎なる記名印を押捺しその名下に同支店長の偽造印を押捺し、以て右為替手形五通の引受欄(昭和三四年裁領第二九〇号の一)に同支店長が引受をなした旨各虚偽の記入をなし、

第二、株式会社河内銀行八尾支店長永田伝が為替手形の引受行為等の支払保証をなす権限のないことを知りながら、嶺源治、美浜久弘、服部武雄、等と共に右永田に対して甘言を弄して同銀行本店に内密で為替手形の引受をしてもらいたい旨依頼してこれを承諾させ、昭和三三年四月一八日頃右永田をして同銀行本店の承認を得ることなく白地の為替手形用紙約五八七枚の引受欄に株式会社河内銀行八尾支店支店長永田伝なる記名印及びその名下に同支店長印を各押捺させた上、

(一)  高木美根夫、嶺源治、甲斐弥次郎等と共謀の上同年四月二三日頃東京都千代田区神田美土代町七番地YMCA会館において、行使の目的をもつて擅に右永田が同銀行八尾支店長名義をもつてその引受欄に記名押印した前記為替手形用紙を利用し、その内三〇枚の金額欄に「一千万円」、支払地欄に「八尾市」、支払場所欄に「株式会社河内銀行八尾支店」、振出地欄に「広島市」、振出人欄に「広島市千田町一丁目四八一番地亜細亜興産株式会社取締役社長甲斐弥次郎」と各記入しその内一〇枚の金額欄に「二千万円」、支払地欄、支払場所欄、振出地欄、振出人欄に前同様の各記入をなし、いずれもその振出人名下に亜細亜興産株式会社社長印を押捺して各その振出記載を補充し、以て右為替手形四〇通の引受欄(昭和三四年裁領第二九〇号の三ないし四二)に右永田がその引受権限がないのにこれあるもののように引受をした旨各虚偽の記入をなし、

(二)  同年七月三一日頃東京都港区芝田村町三丁目九番地旅館しげの家において、行使の目的をもつて擅に右永田が同銀行八尾支店長名義をもつてその引受欄に記名押印した前記為替手形用紙を利用し、その内一枚の金額欄に「一千万円」、支払期日欄に「昭和三三年一二月一〇日」、支払地欄に「八尾市」、支払場所欄に「株式会社河内銀行八尾支店」、振出地欄に「京都府乙訓郡」支払人欄に「八尾市大字西郷株式会社河内銀行八尾支店」振出人欄に「京都府乙訓郡向日町大字上植野小字南開四〇番地沢井謙治郎」と記入し、振出人名下に被告人の押印をなしてその振出記載を補充し、以て右為替手形の引受欄(昭和三四年裁領第二九〇号の四三)に前同様の虚偽の記入をなし、

(三)  同年八月二日頃前記しげの家において、行使の目的をもつて擅に右永田が同銀行八尾支店長名義をもつてその引受欄に記名押印した前記為替手形用紙を利用し、その内四枚の金額欄に「五百万円」、支払期日欄、支払地欄、支払場所欄、振出地欄、支払人欄、振出人欄に前記第二の(二)同様の各記入をなし、振出人名下に被告人の押印をそれぞれなしてその振出記載を補充し、以て右為替手形四通の引受欄(昭和三四年裁領第二九〇号の四四ないし四七)に前同様の虚偽の記入をなし、

(四)  同年八月二二日頃東京都文京区根津須賀町七番地旅館孔雀荘において、行使の目的をもつて擅に右永田が同銀行八尾支店長名義をもつてその引受欄に記名押印した前記為替手形用紙を利用し、その内一枚の金額欄に「五百万円」、支払期日欄に「昭和三四年二月二〇日」、支払地欄、支払場所欄、振出地欄、支払人欄、振出人欄に前記第二の(二)同様の記入をなし、振出人名下に被告人の押印をなしてその振出記載を補充し、以て右為替手形の引受欄に前同様の虚偽の記入をなし、

(五)  同年八月二五日頃前記孔雀荘において、行使の目的をもつて擅に右永田が同銀行八尾支店長名義をもつてその引受欄に記名押印した前記為替手形用紙を利用し、その内一枚の金額欄に「五百万円」、支払期日欄、支払地欄、支払場所欄、振出地欄、支払人欄、振出人欄に前記第二の(四)同様の記入をなし、振出人名下に被告人の押印をなしてその振出記載を補充し、以て右為替手形の引受欄(昭和三四年裁領第二九〇号の四八)に前同様の虚偽の記入をなし、

たものである。

(証拠標目)(略)

(被告人及び弁護人の主張に対する判断)

被告人及び弁護人は

〈1〉  刑法第一六二条第二項の有価証券虚偽記入罪の「行使の目的を以て」とは今日の信用経済の下においては同法第一四八条等の通貨偽造罪の場合と同様に流通過程におく目的ないし認識を必要とするものと解すべきところ、被告人は判示第一、第二の(一)の事実については単に「見せ手形」として預けるだけの目的で該手形の引受欄の記入をなしたもので、流通過程におく意思も認識もなかつたものであるから、右事実については有価証券虚偽記入罪を構成しない。

〈2〉  被告人は判示第二の各事実については前記永田伝の本店の追認ができる旨の言を信じてこれをなしたのであるから、被告人には犯意はない。

〈3〉  判示第二の各事実につき前記永田伝は商法第四二条の表見支配人であるから裁判外の行為については営業主に代り営業に関する一切の行為を為す権限を有するものであつて、この権限の中には手形引受行為も含まれる事明かであると共に手形引受の権限に加えた会社内部の制限は善意の第三者に対抗することを得ないのである。即ち本件手形引受行為は手形法上有効であるから、本件行為は有価証券虚偽記入罪を構成しない。

と主張するので、判断するに

〈1〉の主張につき、

刑法第一六二条第二項の「行使の目的を以て」とは、真正な又は内容の真実な有価証券としてその効用を充たす目的をもつて虚偽の記入をすれば足り、必ずしもこれを流通させる目的を必要としないものと解すべきところ(明治四四年三月三一日大審院判決刑録一七巻四八二頁、大正一四年一〇月二日大審院判決刑集四巻五六一頁参照)、前掲各証拠によれば被告人は前記各為替手形につき判示各銀行が真正にその引受をなしたものとして第三国人に呈示する目的であつたことが認められるので、被告人において行使の目的がなかつたということはできない。

〈2〉の主張につき、

苟も行使の目的をもつて有価証券に虚偽の記入をなしたる以上は直ちに有価証券虚偽記入罪が成立し、被告人において将来前記銀行本店の承認を受け得べきことを予見し、これを信じていたとしても、同罪の成立に何等の消長をきたすべきものではない。(昭和九年一一月二二日大審院判決刑集一三巻一五三六頁昭和一一年一月三一日大審院判決刑集一五巻、六三頁参照)

〈3〉の主張につき、

法人の代表者又は代理人として一般的に文書又は有価証券作成の権限を有する者がその資格を用いて文書又は有価証券を作成する場合には、たとえ単に自己又は第三者の利益を図る目的であつても、文書偽造罪、又は有価証券偽造罪若は有価証券虚偽記入罪を構成しないが、かかる一般的権限を有せざる者が擅に普通人をして法人を代表者若くは代理するものと誤信させるに足るべき資格を表示して虚偽の文書又は有価証券の作成をなすときは文書偽造罪又は有価証券偽造罪若は有価証券虚偽記入罪を構成するものと解すべく」(大正一二年六月一六日大審院判決刑集二巻五四六頁参照)株式会社においては代表取締役又は支配人においてのその営業に関する一切の行為をなし得べき一般的権限を有し、その他の使用人のごときは営業に関する特定の事項につき委任を受けたる場合に限りその委任事項についてのみこれをなす権限を有するに過ぎず、而して前掲各証拠によれば前記永田伝は株式会社河内銀行八尾支店長で単に同銀行の一使用人に過ぎず、同銀行の代表取締役又は支配人ではなく、かつ為替手形の引受等の支払保証をなす権限を付与せられた者でもないこと明白にして、同銀行の業務執行に関する一般的権限を有するものではないから、判示第二のごとく右永田が同銀行本店の承認を得ることなく擅に為替手形用紙の引受欄に右八尾支店長名義をもつて記名押印し、被告人等がこれを利用してその振出記載を補充した為替手形は普通一般の人をして前記永田が同銀行を代表して右為替手形に引受をなしたものと誤信させるに足るものと認められるので、被告人等の右所為は有価証券虚偽記入罪を構成するものといわなければならない。商法第四二条は善意の第三者を保護するために設けられた規定であつて、表見支配人に支配人と同一の権限を付与したものではないから同条により本人が民事上の責任を負うことあるも、このために判示説明のとおり表見支配人の無権限による本件有価証券虚偽記入罪の成立に消長をきたすべきいわれはない。

従つて被告人及び弁護人の右主張はいずれも採用しない。

(適条)

刑法第一六二条第二項第一項(共謀にかかるものについては更に同法第六〇条)

第四五条前段第四七条本文第一〇条第二五条第一項第一九条第一項第三号第二項

刑事訴訟法第一八一条第一項本文第一八二条

以上のとおり判決する。

(裁判官 秋山正雄)

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